白髪染め専門店 ヘナサロン アトリエ アルテ(4月号)

人との繋がりを大切にして大病をも克服
苦労をバネに家具屋とヘナサロンを成功へ

下妻の『ヤマグチ家具』を息子に託した後、住まい兼アトリエをつくばに建て、趣味である絵画を描きながら白髪染めのヘナサロンをオープン。その絶妙なカラーリングにより予約がすぐ埋まってしまう程の人気店へと導いた山口功さんに激動の人生を語って頂きました。

油絵画家・アトリエ アルテ店主:山口功さん(やまぐち・いさお)

職人でもあったお父様が亡くなり20歳という若さで店を継いだとのことですが、ご苦労されたことは?

 創業から110年、私は3代目で35年社長として経営し、今は息子に後を任せている。私が二十歳そこそこで社長になったのは2代目である父親がガンで亡くなったから。当時、父は東京の病院に入院したんだけど、入院費も払えず大変な経済状態。なんとかお金を工面して病院に行く途中、大衆食堂で安いラーメン食べながら、値段が高かったカツ丼を普通に食べられるようになりたいと思ってた。親父は職人で腕が良くて尊敬してたんだけど、商いは下手なんだよね。そんなだから子供のころから凄い貧乏。それを見てこれじゃダメだってずっと思ってた。早くに継いで、お金もないから大学は諦めたけど、弟は行かせたくて学費を頑張ってつくった。

そんな思いで跡を継がれたのですね

 ただ親父が亡くなると問屋とかはみんな離れていった。でも応援するからやってみろって言ってくれた人がいてね。それともう一人、親父の友達が、50万円工面してくれた。私は職人ではなかったので商売としての家具営業してたら「今の家具屋はネクタイなんかするのか、世の中変わったもんだな」とか散々バカにされたり、それでも従業員、家族のため、家具を買ってもらいたい思いで土下座までして売ることも。364日働いて休みは元日だけ。それをやり続けたら、途中過労で倒れて入院する事態に。長年がむしゃらに働いてやっと起動に乗ってきたとき、自分には仕事だけで趣味もなにもない事に気づいたんだ。

それで絵の話になるわけですね

 中学生の時に12色だけの絵の具を混ぜて微妙な色を作ってたら美術の先生が少ない色でよくこれだけの絵が描けるなって褒めてくれたのを思い出したんだ。それで絵でも描いてみようかなって。その時にちょうど近所の人が美術大学を出てスペインに勉強に行って帰ってきた人がいるって聞いて早速一番弟子になったんだ。その後39歳で一陽会に入ったんだけど、そこで奨励賞を取ったのよ。

才能が開花したんですね

 まず家具を描いた。籐の椅子を描いて下妻の文化祭に出したら、籠屋の職人が絵を見て感動したって言うわけ。普通は編み目を田の字に描いちゃうところを、ちゃんと編んでる様に描いたからね。

何十年、家具に触れていた賜物ですね。その後海外でも受賞されましたよね?

 画家のミレーのひ孫さんが作ったミレー会ってのがパリにあって、大阪にある日本支局に誘われて入り、凱旋門賞を始め7回賞をいただいてパリの授賞式に出席した。ただ、海外まで行くので結構お金がかかるんだよね(笑)

輸入家具を始めたのもその頃だと思いますが、どういうきっかけで?

 当時、住宅メーカーがシンプルイズベストって言葉を使い始めた。つまり備え付けのクローゼット収納にしてタンスは必要ない。ウチの主力商品である婚礼家具は今後売れなくなるって感じた。そこで水戸でスペイン・マドリードの家具の展覧会に行く人を募集していて、これは行くしか無いと。日本は直線直角が当たり前、それを何十年も見てきた。ヨーロッパの家具は曲線のフォルムが美しいんだよね。これはとんでもない世界だと。それで早速コンテナで買いましょうって8割を私が買っちゃった。従業員は全員反対したけど、ちょうど守谷が発展してきてまずは守谷に営業したわけ。それが良かったのかよく売れたよね。それをきっかけにアメリカ、イタリア、イギリスの家具も直輸入で仕入れるようになった。そうして子供三人を大学に行かせて留学させて、お店も増築して、土地も買ったりしたんだ。

その買った土地のひとつがここなんですか?

 そう。バブル当時、疲れた時よくマッサージに行ってて、そこには不動産屋が集まってて、何千万儲かっただの凄い話してるわけ。それをそっと側で聞いてた。そしたらつくばに電車が通るって。それでつくばに目をつけて、様々な人との縁や運もあって安く土地を買った。

山口さんのお人柄の良さですね

 当初ここは絵の教室にする予定でアトリエって付けたんだけど、その間にヘナを知った。出会った人から良い匂いするから訊ねてみたら白髪をインドの草から作る染料ヘナで染めたと。それで興味を持ったのでサロンに行って技術を学んだ。他の人は色の配合が大変そうだったけど私にとっては絵の具を混ぜるのと一緒で難しくない。それで私がやったらもっといい店作れるって感じたのでヘナサロンをつくった。その時ちょうどここを建ててた時だったから、急遽建物をお店仕様に変更(笑)すでに建っていたらやらなかっただろうね。だから何でもタイミングってのがあるんだよ。その決断だ。それからいいヘナの粉を安く買う方法を模索して、今まで10袋20袋単位で買ってたのを交渉して、今はインドから直輸入で3千袋一気に買ってる。

ヘナの粉は20色くらいあるとか。それを一人ひとりに合わせて配合しているわけですね

 絵を40年近く描いているおかげで色の違いにはすごく敏感。その人の髪の色を見極め、微妙な色の違いをこの3〜4色を配合すればこの髪色になると瞬時に判断。今では100色ほど作れるように。そこまでになるのに15年かかったよ。

白髪染めも奥深いですね。ただ、その後病気になられたんですよね?

 出血するので気になって検査を受けたら大腸ガンだった。ポリープが2センチ以上になってると。もう少し遅かったら1年でアウトでしたねって言われた。

それから9年経ってます

 それもまた出会いなんだよ。取引のあった人がアスタキサンチンを紹介してくれた。そんなので治ったら医者いらないよって思ったけど、大量に飲んでくれって。火事になったときに1台の消防車じゃ消えないけど何台もの消防車で消すのと同じ。なるほどうまいこと言うなと思って、4ヶ月飲んだらポリープが小さくなってた。それでも担当医は全摘出すると。しかも成功は50%の確率。迷って病院を変えたら全摘せずに済んだんだ。

ガンが良くなったということで講演などにも呼ばれてますよね

 講演会でガンが良くなったことを話したら、その時の映像が出回って秋田の講演会場にも呼ばれて多くの人が真剣に聞いてくれた。

3月にホテルグランド東雲で由美かおるさんが出演された講演会にて花束贈呈する山口さん

その様子なら百歳近く長生きできそうですね

 そこまではいいかな(笑)でも今は室内をオゾン空調や飲み水と料理に水素水、健康のために続けてるよ。まあ、この歳になってこうして当時の苦労も楽しく話せて、今はいい人生だよね。

白髪染めを必要としている人は沢山いるので、まだまだ末長く美しくなりたい人の味方でいてほしいです。本日はありがとうございました。

店舗情報
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住所 つくば市苅間322-2
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